茶室 梅庵

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梅庵

「梅庵」の号は「東風吹散梅梢雪 一夜挽回天下春」から採りました。
雪と氷にとざされた厳しい修行の日々。しかし、時節因縁が来て、機が熟し、春一番の東風が吹けば、一斉に雪や氷がとけて、一輪の梅花が咲き、一夜のうちに春になり、煩悩、妄想が吹き払われ、明るい悟りの世界が開けます。老玄

梅庵の構造

銅板葺き入母屋風の妻を正面に向け、瀟洒な構え、二畳半台目の向切りの茶室です。
正面左側に袖壁を持つ土間庇を設け、右躙り口、正面控えの間(扈従の間)へのアプローチとし、躙り口入って左側奥に四尺の出床、その右手やや奥に勝手からの入り口で、茶道口と給仕口を兼ねるこの勝手口からは給仕の動線に沿って斜行する壁を立て足元には三角形の板畳「鱗板」を敷き、ナグリの床柱はその目痕に武家らしい剛直さを感じさせるが決して粗野ではない。
勝手口から入ったところの台目畳が亭主座・横に道庫・床の間は亭主の右手後方に位置することになるが、出床にしたため距離的には離れてなく、亭主座の風炉先に中柱を立て板壁で仕切っている。
中柱と板壁で風炉先にある相伴席の半畳を亭主畳と区切るとともに下部は丸く切り欠いて吹き通しにして相伴者の視線への配慮もぬかりない。
鱗板とともに異例の構成であるが不合理性は感じられず、「利休七哲とは別格」といわれる有楽斎の並々ならぬ技量を示している。
二畳の小間と違ってゆとりがありかつ緊張感を失わない室内空間は、「二畳半、一畳半は客を苦しめるに似たり」と言い切った如庵・有楽斎の面目躍如と言うべきだろう。篠竹を打ち詰めた「有楽窓」、古暦を腰に貼った「暦張り」も有名で、前庇下の室内は勾配そのままに化粧軒裏の掛け込み天井になっていて中央には突き上げ窓が穿たれている。
壁面にはつごう5カ所の窓が設けられているが、ひとつは袖壁のある土間庇に向けられているし、南側の二箇所は通常直射日光を嫌って光量は押さえらが、さらに東壁の二箇所は竹を詰め打ちにした有楽窓である。現代的な視点からこの茶室を眺めてみても、そこに貫かれている合理性はほとんど完璧なものです。
勝手の間は三畳、炉と水屋を備える。無双窓はしっかりとした造作でここにも有楽斎の武人らしい好みが反映されている。
総じて端正で利休の草庵茶室とは一線を画しており「武家の節度」を感じさせる名席中の名席の写しである。