ご挨拶

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greeting

 東山文化から桃山文化へ移ると時代の気風は大きな変化を遂げることとなり、人間の個性や自由に目覚める時代に移りました。

 美術の世界にも端的にこれが現れ、茶の湯おいても高麗茶碗が象徴され、規格の枠にはまらず、自由に豪快に、そして奔放に削り上げられた高麗茶碗に当時の茶の湯人である武将や数奇者は大いに魅力を感じると同時に、その粗放な持ち味がかえって侘び寂びの精神にもかなうこととなりました。

 初めは朝鮮で生まれた本来の姿を愛で、やがて茶匠たちはそれぞれの意向を加えて注文を発し、それは江戸時代、対馬藩が釜山窯で焼成した御本で完成されたことになります。

 長きにわたって対馬藩の手で、我が国にもたらされ、幾多の茶匠や数奇者の愛玩をへて今日に伝えられた高麗茶碗には、茶の湯が本来持つ闊達(かったつ)な精神と数奇の心が見事なまでに集約されています。

 享保年間、諸般の外交事情により釜山窯が廃絶となったことを契機に、対馬に対馬藩御用窯である對州窯を設営しました。

 對州窯は、明治末年まで継承されましたが、時代の流れとともに途絶えてしまいました。

 現在、對州窯の同心は、高麗陶磁につながる對州窯の完全復興に向け、日夜研鑽を積み重ねています。
 古(いにしえ)の窯が、中国、朝鮮、日本の垣根を越えて技を極めたように、對州窯に係わる総ての役割が一丸となり、個々が磨いた技術の集合体として制作に当たることで、その原点に立ち返りたいという想いが基盤になっています。
 茶碗にかぎらず、芸術品の最大の要件は、崇高な品格を有することで、後世に残る茶碗には少なくとも品格・佗び・量感・力感・浄感の五条件を「焼き物と文墨の里 虎丘」の諸施設に於いて習得し後世に伝授していきたいと願っております。

 

平成27年7月吉日